ブログ224 「反社リスク」なみになった「性加害疑惑リスク」―フジテレビの再生に必要な取組

1 フジテレビの女性アナウンサーとタレントの中居さんとのトラブル(2023年6月発生)への対応をめぐり、フジテレビは厳しく批判され、多くの企業のスポンサーの広告停止に至るなど同社に大きな打撃をもたらしています。本事件は、ジャニーズ事件に続き、「人権侵害リスク」、特に「性加害疑惑リスク」が企業、特にマスコミや芸能関係の企業にとって、「反社リスク」なみの大きなリスクとしてクローズアップされたことを明らかにしたと思います。

 中居さんとフジテレビは、性加害疑惑あるいはその共犯であるかのような疑惑を持たれ(事実関係はいまだはっきりしていない部分もあるのですが)、中居さんは引退、フジテレビは社長、会長の辞任に追い込まれました。これまでは同じようなことがあっても、特殊な業界の特殊なこととして見て見ぬふりをしていた世間も許さなくなりました。世界的には以前から大きな問題となっていましたが、日本ではこれまでは見逃されていた「性加害疑惑リスク」がようやく巨大なリスクとして出現してきたという感じです。最近は数多くの映画監督による過去の女優への性加害疑惑も問題となり、そのような監督を起用することのリスクが顕著となるなど「性加害疑惑」はテレビ局のみならず映画業界、芸能関係全体の大きなリスクとなっています。
 しかし、性加害が許されないのは当たり前で、そのようなタレントや芸人、監督をこれまでどおり起用してきたテレビや映画業界自体人権感覚がおかしいというか、そもそもありえないわけですし、ジャニーズ事件でもそうですが、それを見て見ぬふりをしてきた国民の意識も問題だったわけです。ようやく、「性加害」が「反社」なみに許されない社会となってきたということは、わが国で人権意識が進んできたということであり、これに気づかず、これまで通りの対応を続ける企業は大きなダメージを受け、退場を余儀なくされるおそれもでてきました。

 さらに、このリスクはテレビ局(映画会社もですが)だけでなく、テレビ局への広告を提供するなどのスポンサー企業にも大きなリスクとして降りかかっています。「性加害疑惑」を持たれたタレントを広告に起用している企業はもちろん、それに関与したと疑惑を持たれたテレビ局への広告提供、スポンサーとなる企業にまで、これまでどおりの関係を続けることが、あたかも「反社」との取引を断とうとしない企業として国民から断罪されてしまうほどのリスクにさらされています。企業は、このような「性加害疑惑リスク」が巨大なものとなったことを認識し、本リスクの発生の防止(情報収集、契約に誓約条項・損害賠償条項の盛り込みなど)、発生した場合の速やかな対応(第三者に不利益が及ぶ場合を除き速やかな断絶など)につき準備しておく必要があると考えます(「反社リスク」への対応と似ています)。

 私は弁護士として、反社との関係を疑われたいくつかの企業の調査、再発防止策の策定、断絶してからの再生にかかわってきましたが、ほとんどの場合、再生に至ることはできませんでした。国民、金融機関の忌避意識が強く、それほど悪質でない、脅され断り切れず取引に応じてしまったような事案でも、再生することはできませんでした。そこまで「反社リスク」は致命的なパワーを持っているのですが、いまや「性加害疑惑リスク」はそれに匹敵するに至ったのではないかと感じます。

 このようなリスクの巨大さを考えると、企業はフジテレビと取引再開に安易に応じることはできず、フジテレビが十分な調査と再発防止対策、責任ある者への厳しい人事措置を講じ、二度と同様の問題を起こさないと確信できなければ、フジテレビへの広告提供などの取引関係に立つことはできないでしょう。そもそも本事件はジャニーズ事件が明らかになり、フジテレビがこのような性加害を見て見ぬふりをすることは二度しないと反省・宣言・公表していた時期で、人権指針やコンプライアンスガイドラインにも立派なことが書かれています。その裏で、社長や専務がジャニーズ事件と同様の対応をしてきたわけで、裏切りと言いますか、全く信用できない会社だということを強く印象付けてしまいました。これを国民やスポンサー企業は忘れることはなく、信頼回復のハードルはかなり高いでしょう。そしてフジテレビが十分に反省したと判断して、広告を再開した後に、もし本件と同様の性加害疑惑が明らかになれば、広告提供企業も大きなダメージを免れません。そうなれば広告提供企業はさらに減少し、フジテレビの打撃はこの後も継続し、放送事業の存続にかかわる事態に陥ることにもなりかねません(なお、他のテレビ局もジャニーズ事件ではフジテレビと同様の対応をしていましたので、フジテレビ同様の「性加害問題」がないのか検証する必要があると考えます。)。

2 そのような重大な事態に陥ることを避けるため、フジテレビは全力で信頼回復に向けた取り組みをされると思いますが、重要なことは、第三者委員会に丸投げではなく、自分たちで再生プランを立てる、それを経営陣あるいは幹部主導でなく、若手によるプロジェクトチームのようなものを作り、十分な調査を行い再生プランを立てるという取組みであり、それを強く期待します。第三者委員会の調査、提言といっても、当然限界があるわけで、フジテレビが自主的に動かなければ、十分な調査、再生プランも期待できません。また、「第三者委員会のご指摘をすべて受け入れます」といっても、そんな態度では信用されるはずもありません。フジテレビが隠ぺいすることなく十分な調査をして、膿を出し切って、再生プランを策定・提示することが必要で、一言でいうと、企業風土の刷新、これまでの悪弊の一掃のためいかに有効な対策を講じるか、いかに国民や企業に信用してもらえるものを作るかということになるのですが、具体的には次のようなものがあげられます。

(1) まずは、隠ぺいしないということで、今回の事件の事実関係の解明と本件以外にも過去に同様の事案がなかったか、役員、社員が関与したことはなかったか、女性社員が部外者からセクハラその他の人権侵害行為を受けた事案、あるいはそれを知りながら会社が適切に対応しなかった事案がなかったか、今回の事件と過去の闇に葬られてきた事案の調査です。これがまず実施されなければ話になりません。既に隠ぺいが疑われている中で、さらに隠ぺいを重ねることは致命傷になります。本事件のほかにも「女性社員の上納(?)」などよくわからない行為が一部の社員により行われてきたなどと週刊誌やSNS、元社員の方のユーチューブなどで指摘されています。これらについても調査の上、事実無根なら事実無根と、何らかの不適切な行為があればそれを説明する必要があり、これらをうやむやにしては信頼の回復は図れません。
 そして、幅広く調査の上、このような事件に関与した役員、社員がいるのであればその役員、社員、女性社員が部外者からセクハラその他の人権侵害行為を受けた事案に関与した役員、社員、あいはそれを知りながら適切に対応しなかった上司である役員、社員などが判明した場合には(本件でいえば当時の社長や専務など)、懲戒処分、降格、配置換え、辞任の求め等適切な人事措置をとる必要かあります。十分な調査もせずうやむやにし、不適切な行為、対応をしてきた役員、社員をおとがめなしにすれば、フジテレビの風土が変わるとの期待を社会が持つことはなく、いよいよ会社は信頼されなくなってしまいます。

(2) 次に、今回の事件とジャニーズ事件と共通する、自社の利益のために、有力者に忖度し、起用するタレント、自社女性社員(関連会社のスタッフ等を含む)に対する性犯罪等の人権侵害行為を黙認、見て見ぬふりをする、被害者に誠実に対応しないという悪弊の一層です。

今回の事件とジャニーズ事件のほかにも、フジテレビは2020年にフジテレビの番組に出演し、視聴者からの誹謗中傷で自殺に追い込まれた木村花さんへの対応についても大きな問題がありました。そもそもこのような番組は誹謗中傷を招きかねないものであり、実際に木村花さんが誹謗中傷メールを受けていることを知りながら、自殺に至るまで適切な対応を取りませんでした。自殺後の調査も社内のみで行い、その後のご遺族への対応も誠実とはいいがたいものでした。自社が起用するタレントについても、人権侵害、すさまじい誹謗中傷から守る対策をとる必要がありました。フジテレビにはジャニーズ事件の被害者の多数の未成年タレントや木村花さんら起用するタレントを守ろうとしない、誠実な対応をしないという体質があるわけですが、今回の事件は、自社の社員まで守ろうとせず、タレントを優先するという体質であることも明らかにしたものといえ、驚きを禁じ得ません。ジャニーズ事件、木村花さんの事件に誠実に向き合っていれば、このような事件は起こらなかったと思います。

 フジテレビのこのような悪弊を一掃するためには、人権指針等社内規程をふさわしいものに改め、社内での繰り返しての研修を行い、違反行為に対する厳重な懲戒処分の実施等社内の取組が必要です。しかし、社内だけの取組では期待できませんので、部外からのチェック、フジテレビに広告を出そうとする企業や投資家による人権デューデリジェンスのより効果的な実施(日本生命が実施している2024年スチュワードシップ活動報告書では、投資先であるジャニーズ事務所の広告主やテレビ局などに対して人権デューデリジェンスが実施されています。下記報告書の27頁)や部外の第三者による施策の浸透状況の検証が必要と考えます(このような部外からの検証制度については、ジャニーズ事件を機に私どもが提出した要望書にも記載しています)。

https://www.nissay.co.jp/kaisha/csr/shisan_unyou/ssc/pdf/stewardship_hokoku2024.pdf

 また、タレントや女性アナウンサーと業務上密接な関係を持つプロデューサーやディレクターという職種や部長職など権限と責任を有する上層部から、当該役職に就いた時点及び半年ごとに誓約書の提出を求めることも有益と考えます。本件に限らず、最近フジテレビが行ってきたことから思いつくものとして、最低次のような事項を誓約させることが必要ではないかと考えます。

  1. 有力者に忖度して、起用する未成年タレントに対する性加害行為を見て見ぬふりをすることなく、加害者に対する告訴、当該加害者との絶縁その他被害者を守るために必要な措置を講ずること
  2. 有力者に忖度して、社員(関係会社の社員を含む。以下同じ)に対してタレント、取引先等から性加害行為、セクハラその他の人権侵害行為があったときには、見て見ぬふりをせず、タレント、取引先等への厳重な抗議、加害タレントの起用停止その他被害社員を守るために必要な措置を講ずること
  3. 女性社員を正当な理由なくタレント、取引先等の会食に同席させないこと
  4. 社員、番組に起用するタレントに対して誹謗中傷がなされた場合には、加害者に対して抗議、告発するなど被害社員・タレントを守るために必要な措置を講ずること
  5. 上記の事実を知った場合には隠ぺいせず、必ずコンプライアンス担当部門に報告すること

などです。

 それぞれ、①はジャニーズ事件、②は今回の事件(③は今回の事件の温床となる慣習。百十四銀行事件など参照。)、④は木村花さんの自殺事件を繰り返さないためのもので、⑤は本件のような社長・専務による隠ぺいを防止するためです。
誓約書の提出を求めることは、フジテレビのこれまでの社内風土で許されていたことが許されないということを改めて意識づけるものとして効果が期待でき、違反した場合には解雇等の措置をとることを誓約書に記載しておくこともさらに効果があると考えます。なお、誓約書の宛先は通常社長ですが、本件では社長が不適切な対応をしていたことから、取締役会あてになるものと考えます。

(3) 次に、経営体制の刷新です。残念ながらこれまでのフジテレビ及び親会社の経営陣ではかかる悪弊を改善できないままで、ガバナンスも機能しませんでした。昨年末に週刊誌で報道されてからの対応も危機対応として拙劣で、企業価値を大きく棄損させてしまいましたが、これは現在の経営陣の責任です。そして、フジテレビと親会社の経営陣一新の際には、社外取締役の数を社内取締役より多くする、独立した第三者、社内経営陣から嫌われることも気にせず、「物申す」方を選任する、あるいは指名委員会設置会社への転換等ガバナンス体制を強化することが必要です。「性加害問題を起こしかねない企業」、「それを上層部・取締役が隠ぺいする企業」であるという疑いを受けたままでは、決して社会からの信頼を回復できません。そこまで「性加害疑惑リスク」は巨大なリスクとなっているということを認識し、そんなこと大したことじゃないという昔ながらの企業風土に染まることなく、必要な行動をとることができる(そして外部からもそのように思われる)経営体制に刷新を図る必要があるとります。

(4) さらに、フジテレビに必要なのは、報道番組、情報番組で、根拠なく一方的に激しい言葉で特定の人物を批判する言動あるいは誹謗中傷といわれかねない言動を放送しないという方針をとることです。昨年から兵庫県知事の百条委員会設置、知事の再選等をめぐり、知事を支持する側、反対する側双方からの誹謗中傷が度を越して行われ、元兵庫県県議の方が自殺されるという痛ましい事態に至っています。本件に関しては、フジテレビをはじめ多くのマスコミでは、知事を一方的に批判する立場からの報道が大量になされ、視聴者からも疑問の声が上がり、オールドメディアなどとテレビ局が批判され、かえってそのようなマスコミの報道姿勢が知事の再選にもつながったように思います。特に、フジテレビでは情報番組でコメンテーターが根拠なく(斎藤知事らが元職員の方を) 「殺してしまった」などと発言し、それに司会者が同調するという放送がなされました(この発言については兵庫県の元副知事さんがBPOに申し立てされています)。このようなフジテレビ等の報道が、反対派の誹謗中傷をさらに活発化し、それに反発する形で支持派の誹謗中傷も増えるという、誹謗中傷の動きに、火を油を注ぐものになったのではないでしょうか。

 テレビ局において、根拠なく一方的に激しい言葉で特定の人物を批判する言動を放送することは、誹謗中傷、あるいは偏向報道とも批判されうるものであるとともに、テレビの影響力を考えると、誹謗中傷を拡散していることと同様で、マスコミが批判しているSNSと同レベルであることを自ら示すものです。もちろん、政治家や官僚などへの批判は当然必要ですが、それは根拠に基づいて、相手の主張にも応分の配慮をして、過激な言葉は控えて報道すべきで、大手マスコミにおいてまで、SNSの投稿と同様に、根拠なく一方的に激しい言葉で攻め立てるというような言動、放送がなされることは、社会全般に誹謗中傷、根拠なく一方的に人を激しい言葉で批判する言動を躊躇しない風潮をさらに広げてしまいます。フジテレビをはじめとするマスコミのこのような報道は、誹謗中傷を躊躇しない最近の社会風潮の拡大に大きな責任を負っているものと考えます。

 そして、皮肉なことにこのようなフジテレビの姿勢は、いまフジテレビ自身にもふりかかっています。今回の事件を受けフジテレビや社員には誹謗中傷が多数寄せられ、その中には、これまで人権侵害の放送を繰り返していたテレビ局が今更何を言うのか、などの投稿も目立っています。もちろんフジテレビや社員に対する誹謗中傷は許されるものではなく、フジテレビが社員への誹謗中傷を行わないよう国民に求めるのは当然のことです。だからこそ、フジテレビにはそのような社会風潮を助長してしまうおそれのある報道姿勢を改め、根拠なく一方的に激しい言葉で特定の人物を批判する言動あるいは誹謗中傷といわれかねない言動を放送しないという方針をとり、誹謗中傷は許されないという姿勢を自ら示すことが、社会からの信頼を回復するためにも、自社の社員を誹謗中傷から守るためにも必要と強く感じます。

 これらのほか、以前には犯罪被害者への心ない取材は大きな問題となっていますし、最近では、必要とは思われない加害者の家族の自宅に押し掛け、困惑した家族に無理な取材をする、大谷選手の自宅を報道するなどプライバシーに配慮しない、非常識な報道姿勢も目立ちます。
 性加害疑惑に関係ない分野でもフジテレビは多くの問題を抱えており、そのようなテレビ局であるという意識が国民の間に広く共有されていることが、今回の激しい批判に結びついているように感じます。

3 以上、思いつくまま、フジテレビの再生のために必要な事項について私の意見を述べました。もちろん、これらはごく一部で、再生のためにはもっと多くの取組が必要と思います。ぜひ、第三者委員会の調査、報告を待つまでもなく、直ちに若手を中心に動いていただき、部内守旧派などの抵抗もあると思いますが、それを排し、社会から信頼される再生プランを作成、実行し、立派に再生されることを心から期待しています。