ブログ202 横浜市叶志郎ちゃん虐待死事件を受けて。虐待リスクの評価が甘すぎる構造の改善を

1 本年(2022年)8月24日、2018年1月に横浜市で交際中の女性宅に同棲していた男が、女性の長男の叶志郎ちゃん(当時4歳)に暴行を加え死亡させたとして、傷害致死容疑で逮捕されました。本件では、2017年9月、保育所から区に身体に傷やあざがあると通報があり、同時期の9月に母親から警察に対して「男が息子に暴力を加えている」と相談があり、警察が男に口頭で注意するとともに、10月25日、警察から児童相談所に同居男性による身体的虐待として通告されました。ところが、児童相談所は、母親と面談したのはその2ケ月後の12月25日の1回のみで、男とは面談もせず、翌年1月4日には叶志郎ちゃんはけがを理由に保育所を欠席するという事態に至り、児童ンタイで相談所はようやく1月18日に身体的虐待を認定しましたが、特段何もしませんでした。その直後の1月23日、叶志郎ちゃんは心肺停止で救急搬送され、2日後の25日、急性硬膜下血種などで死亡しました。児童相談所は一時保護どころか、母親と会ったのも1回だけ、暴行していると警察から通告された男には一度も会うこともないまま、虐待死に至らしめています。

2 横浜市に対しては、私どもから、何度も、警察との全件共有と連携しての活動を要望し、担当部長や児童相談所所長とも面談して要望してきましたが、横浜市は拒否し続けています。当初は部長レベルまで賛成といっておられましたが、おそらく現場の反対で覆されたのだと思います。いくらメールをしても返信さえ来なくなりました。ちょうどこの事件が起こったころにも要望していたと思いますが、こんな対応をして子どもの命を救えずにいながら、それでも警察との連携を拒否するとは到底許せない思いです。
 本件では、保育所、警察という他機関から叶志郎ちゃんが危険であるという情報が何度も入ってきているのに、児童相談所はほとんど何もしていません。暴行していると通告があった男と会いもしないというのは、職務放棄と言わざるを得ませんが、同居男と会おうともしないいう対応は、これまでも児童相談所によく見られる対応です(本年2月の岡山市の事件でもそう)。それが問題にされると、児童虐待防止法上「保護者」にしか児童相談所は対応できないなどと根拠のない言い訳をしては批判されていますが(古くは兵庫県姫路市の事案など)、威圧的・暴力的な対応されるのではないか、怖いのでできれば避けたいなどというのが本音だと感じています。
 ただ、この点ついては、私は普通の地方公務員である児童相談所の職員には同情的です。警察官でなければ、怖いので会うことはできる限り避けたい、母親との面談で何とか済ませたいなどと思うのは仕方がないことかと思っていますので、それを責めるつもりはありません。だからこそ、警察と連携してほしいと言っているのです。
 児童相談所と警察とで連携体制がとられていれば、このような案件では、自然と、児童相談所と警察が一緒に家庭訪問し、警察から男に厳しく注意し、その後も児童相談所と警察が連携して適切な頻度で家庭訪問するという対応をとり、虐待の抑止が図られた可能性が高かったと思います。警察にごくわずかな案件しか知らせず、要望を受けても拒否するという横浜市の児童相談所では、このような連携しての活動がとられるはずもなかったと思います。残念でなりません。

3 今や全国半数程度の自治体で、児童相談所と警察との全件共有と連携しての活動が行われ、それを通じて信頼関係が醸成された自治体では、より進んだ連携態勢がとられるようになっています。岐阜県では、本年4月から児童相談所と警察、教育委員会が同じ事務所で勤務し、通報があれば一緒に対応できる態勢がとられています。これはイギリスの自治体の多くでとられている仕組みで、通報があった時点から一緒に家庭訪問し、その後も連携して対応する取組みです。日本でこのような態勢が整備されていれば、本件はもちろん、これまでの多数の救えるはずの命が救えなかった事件では、多くの子どもたちの命は救えていたはずです。役所の縦割りの解消を目指す子ども家庭庁では、ぜひ、このような態勢の整備を進めてもらいたいと思います。
 昨年から、大阪府摂津市、滋賀県大津市、岡山市、大阪府富田林市など、児童相談所や市町村が把握しながら、みすみす虐待死に至らしめる事件が続いています。本事件を含めこれらの事件に共通するのは、虐待リスクの評価が信じられないほど甘く、家庭訪問しての子どもの安否確認もほとんどしないということです。いずれも、警察と連携せず、児童相談所(あるいは市町村)という一つの機関だけのわずかな情報に基づいて虐待リスクを評価し、甘く評価するので家庭訪問もしないまま、虐待死に至るという流れです。
 そもそも一つの機関だけでは、収集できる情報はごくわずかです。特に、児童相談所は家庭訪問ぐらいしか自ら情報収集できる手段を持ちませんが、それすら本件も含め多くのケースで行っていません。児童相談所は、ほとんど情報を把握しないまま、1回や2回家庭訪問しただけのわずかな情報に基づいて「この案件は大丈夫」などと虐待リスクを評価しているのです。子どもを守ることを最優先とする立場からはありえないとしか言いようがないのですが、これが横浜市に限らず、東京都をはじめ警察との全件共有と連携しての活動をしない多くの自治体の実情です。
 言うまでもなく、虐待リスクをできる限り正確に評価するには、できる限り多くの情報を把握する必要があります。そのためには、児童相談所が案件を抱え込むのではなく、逆に、警察や学校・保育所、病院等子どもを守ることができる多くの他機関と案件を共有し、多くの機関で虐待の兆候が見られないか情報を収集し、できる限り多くの情報を把握して、多くの情報に基づいて、かつ、一つの機関の独断に陥ることなく、他機関の目も入れて虐待リスクを判断するという態勢の整備が不可欠です。

 本事件では、児童相談所は警察と保育所から危険な情報を何度も入手しながら、全く有効な取り組みをせず、論外なのですが、縦割りのまま、児童相談所が警察等他機関と案件を共有しないままの態勢では、それらの機関が把握できる情報すら把握できないまま、児童相談所がごくわずかな情報に基づいて虐待リスクを判断するという構造になってしまっています。なぜ、より多くの情報に基づいて虐待リスクを正確に判断しようとしないのか、そのためには他機関と連携して案件を共有することが不可欠なのですが、それを拒否する児童相談所は、他機関との連携を拒否することが、虐待リスクの甘すぎる判断から虐待死に至らしめているということを理解していないのでしょうか。また、このことを全く指摘しない、児童虐待の「専門家」といわれる人々にも同様の疑問を強く感じています。
 児童相談所は案件を抱え込まず、他機関と案件を共有し連携して活動することにより格段に子どもの命を救うことができるようになるのです。再々再度になりますが、このことを横浜市に強く訴えてまいります。