1 厚木市理玖ちゃん事件は児童相談所が虐待・ネグレクトを把握しながらその後全く安否確認も親への指導もせず、みすみす虐待死させられたという事案ですが、児童相談所の怠慢により子どもが虐待死させられる事案としては、児童相談所がある程度フォローしながら一時保護せず、あるいは、一度は一時保護しながら安易に親元に返してしまい、虐待死させられてしまうというケースがあります。
理玖ちゃんの事案でも、児童相談所や市町村、警察が安否確認や親への指導をしたとしても、児童相談所が適切に一時保護しなければ虐待死させられるおそれはもちろんあったわけです。一時保護は児童相談所しかできませんので、一時保護をいかに適切に行うか、あるいは一時保護を安易に解除しないということが、虐待死を防止するためのもう一つの大きなカギとなります。
しかしながら、児童相談所の一時保護に関する対応は、ご存じのとおり不適切なことが多いのが実情です。児童相談所が虐待する危険な親から子どもを一時保護しない、過去に虐待歴、DV歴がある、精神疾患がある、暴力的な男と同居している等同居することが危険な親に安易に引き渡してしまう、ということは非常によく見受けられ、そのために子どもが虐待死させられてしまうという事案がいつまでたっても後を絶ちません。いやになるほどあります。わたしのところにも、児童相談所に通告したが一時保護せず心配だという相談が病院や学校関係者から寄せられています。
また、医師からけがや病気の状態から虐待の疑いが強いという意見が出されても、親が否認していることを理由として一時保護しないという事案もよく見られ、その直後に虐待死されられた事案も少なくありません。
さらに、児童相談所に虐待通告した市町村や保育園、学校などが何度も通告し、虐待の継続を強く懸念し、一時保護等適切な保護を期待しながら、児童相談所がそれを無視し、一時保護せず虐待死させられるという事案も枚挙に暇がありません。著名な事件だけでも次のとおりです。
◆危険な状況が明らかでありながら一時保護せず殺害等された事案
北海道登別市みさとさん虐待死事件
福岡県久留米市萌音ちゃん虐待死事件
埼玉県蕨市力人ちゃん餓死事件
京都府長岡京市拓夢ちゃん餓死事件
福島県泉﨑村広ちゃん餓死事件
大阪府岸和田市中学生餓死寸前事件
◆一時保護した後、親の言いなりに安易に家に戻して殺害された事案
広島県府中町唯真ちゃん虐待死事件
二度も一時保護・施設入所していたのに親に引き渡す。安全計画も策定
せず、その後の安否確認もせず
大阪府東大阪市小学6年女児殺害事件
精神疾患ある親に引き渡し、その後警察から虐待通告あるも親に調査
拒否され、そのままに
兵庫県三田市夏美ちゃん虐待死事件
虐待で一時保護しながら1ケ月で親に引き渡す
兵庫県伊丹市明日香ちゃん虐待死事件
二度も一時保護・施設入所していたのに親に引き渡す
◆医師の虐待であるという意見を無視して一時保護せず殺害された事案
豊橋市望玲奈ちゃん虐待死事件
大阪府岬町景介ちゃん虐待死事件(大阪高裁で無罪判決確定)
◆市町村や学校・保育園の何度もの通告、意見・不安を無視して一時保護せず
あるいは施設入所措置解除し殺害された事案
名古屋市昌己くん虐待死事件―中学校が何度も虐待通告していたのに無視
千葉県柏市蒼志ちゃん餓死事件―柏市が虐待を強く懸念していたのに無視
和歌山市星涼ちゃん虐待死事件―乳児院が虐待を懸念したのに入所解除
川崎市愛芽ちゃん虐待死事件―保育園が何度も虐待通告していたのに無視
寝屋川市6歳保育園児虐待死事件―同上
2 以上の事件はいずれもまさか殺害するとは到底おもえなかったというような事案ではありません。誰が見ても危険だと思える事案ばかりです。たとえば、
〇母親が暴力的な男と同居している
〇親に他の兄弟に対して虐待歴がある、DV歴がある
〇親に精神疾患がある、アルコール依存症である
〇乳幼児健診未受診である
〇子どもが過去に一時保護、施設入所歴がある
〇児童相談所の調査を拒否して子どもに会わせない
〇医師の虐待であるという意見を無視
〇子どもの日常の様子を把握している保育園や市町村の不安・意見を無視
というような事情がありながら、一時保護せず、あるいはいったんは一時保護しながら親の求めに応じて解除し親元に戻してしまいその後の安全確認もせず、その後殺害されるにまかせているのです。
現行の児童虐待防止法では、一時保護の基準については何らの定めがなく、事実上裁量に任されています。しかし、一時保護は子どもの命を守るための最後の砦ですから、児童相談所に裁量があるわけではなく、このまま親の元で暮らしていれば子どもの生命、身体に重大な危険が生じるおそれが認められる場合には、保護しなければならない、義務的な規定であるはずです。
ところが、現行法には何の基準もないこと、また、一時保護には親から激しい抵抗がなされることがありそれを避けたいという意図が働くことは否定できないことなどから、上記のような危険であることが明白な場合ですら、一時保護が行われず、あるいは安易に解除され、虐待死させられる事案が後を絶たないのです。また、一時保護を解除し、親元に戻す場合には、その後の安否確認を確実に行うことが絶対に必要であるにも関わらず、そのような計画を立てもせず、ほったらかしにして、殺害される事案もあることから、一時保護解除の際の安全確保のための計画作成とその後の安全確保義務を課する必要があります。
さらに、現在の児童相談所の職員のすべてではないと思いますが、少なくもない数の職員には、「一時保護は自分たちの権限であり、他者からとやかく言われる筋合いでない」という意識が非常に強く、医師の専門的見解にも従わない、ましてや、保育園や学校の教職員、あるいは虐待通告した市町村の職員の不安や懸念も聞かない、という「お上(おかみ)意識」があるように見受けられ、それでも毅然と保護すればいいのですが、何のことはない、虐待を否認する親の言いなりになることが少なからずあり、虐待死に至らしめているのです。
一時保護の判断に際しては、虐待を否認する親の言いなりにならず、虐待かどうかの医学的な判断に関しては専門的な医師の判断には原則として従うべきであり、日常の様子をよく知る立場にある学校や保育園、市町村の意見は当然に尊重すべきであることはいうまでもありません。
そこで、次のような規定を児童虐待防止法に規定する必要があると考えます。
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一時保護されている子どもの45.7%が過去にも一時保護されているという調査結果があります(和田一郎ほか「一時保護所の概要把握と入所児童の実態調査」日本子ども家庭総合研究所紀要第50集)。一時保護とその解除が適切に行われているとは到底言えないこと明らかです。子どもを守る最後の砦である一時保護の適切な運用のため、上記の法改正は必須であると考えます。
その上で、児童相談所職員に対して、効果的な研修を実施して、そして、子どものことを心から心配している病院や保育園、学校、市町村の関係者の方たちの意見を尊重し、独善的にならず、親の言いなりにならず、一時保護を適切に行使し、みすみす子どもを虐待死させることのないよう一時保護の適切な運用を徹底していくことが、子どもの命を守るために必要不可欠です。