1 前メルマガで述べましたとおり、理玖ちゃんを警察、児童相談所が「迷子」として保護したとき、厚木市が3歳6月健診未受診を把握したときに、ネグレクト家庭として、いずれかの機関が家庭訪問を行い、理玖ちゃんの安否確認と親への指導・支援が継続的に行われていたら、理玖ちゃんが餓死されることはありませんでした。
本事件は、厚木市・市教委が小学校に入学してこなかったにもかかわらず、まともな調査もせず長年にわたりほったらかしにしていたという異常さから、所在不明児童問題としてもとらえる必要があることはもちろんですが、 本事件において理玖ちゃんの命を救うことができなかった直接的な反省・教訓として考えるべきことは、虐待・ネグレクト家庭を把握した際に、いかにして子どもの安否確認、親への指導・支援を継続的に行うか、その仕組みをいかに整備すべきかということです。
虐待・ネグレクト家庭に対して、子どもの安否確認と親への指導・支援を人手をかけて、継続的に行うことが、虐待死を防ぐために最も必要な対策です。現在は、児童相談所あるいは市町村により単独で行われていることが多いため、人手不足からこの取り組みが全く不十分です。理玖ちゃんも児童相談所、市町村から全く顧みられませんでしたし、警察からも同様でした。
児童相談所、市町村、警察が、虐待家庭を把握しながら、安否確認と親への指導・支援を全く行わない、あるいは、家庭訪問まで間が空いてその間に殺されてしまう、という事案が少なくありません。児童相談所、市町村、警察が虐待情報を共有し、1件ごとに計画を立て、人員を出し合って、危険度に応じてできるだけ頻度を多く、その後の安全確認と親の養育の様子を把握し、親からの困りごとや要望を聞き、市町村福祉部門や病院等に働きかけるなどして、養育環境を改善する取り組みを行うことで、かなりの数の虐待の継続・悪化を防止することができるのです。理玖ちゃんも、厚木児童相談所と厚木市と厚木警察署がこのような取組を行っていればあんな悲惨な餓死に至らしめられることは決してなかったでしょう。
そこで、次のような規定を児童虐待防止法上に設けることが早急に必要と考えます。
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情報共有については、警察は、10番通報等で現場に行き虐待を把握した際には児童相談所に虐待通告し、その数は2013年には2万1,000件に上っていますが、児童相談所が警察に対する情報提供ははなはだ低調です。
最近の子どもの虐待死事件の中で、児童相談所が警察に情報提供することにより子どもが虐待死させられることを防ぐことができたであろう事件として次のものがあります。
まず、2011年10月名古屋市の中学2年の昌己くんが母親の交際相手で家に頻繁に出入りしていた男により虐待死させられた事件です。本事件は二度も一時保護されていた昌己くんが家庭に戻され、その後、けがを把握した中学校から3度も虐待通報が寄せられ、ひどい暴力が長期間なされていたことを把握していたにもかかわらず、児童相談所は警察に情報提供して連携して対応するでもなく、さりとて一時保護もせず、昌己くんを男の暴力にさらし続け、虐待死させられるに任せていました。なお、報道によると名古屋市児童相談所は愛知県警察から児童虐待の通報基準を書面で示され協力を求められていたが保留していたとされています(2011年10月28日毎日新聞)。
次に、2014年1月東京都葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件です。警察が110番通報で急行した家庭で、「夫婦喧嘩だ」と親に言われて、体に40か所もあざのあった愛羅ちゃんの身体を確認せず、愛羅ちゃんを保護せず、その5日後に虐待死させられました。児童相談所は当時愛羅ちゃんを「見守り中」でしたが、警察にはその情報を提供しませんでした。警察がその情報を児童相談所から得ていれば、警察官は愛羅ちゃんの身体を調べ、容易に虐待されていることを確認し、保護することが期待できました(ただ警察に一時保護の権限が児童虐待防止法に明記されていないことの問題は後述します。)。
これらは氷山の一角で、少なくとも危険な事案について児童相談所から警察へ情報提供がなされていれば、子どもが虐待死させられることがなかった事案は少なくありません(当然警察が十分対応することが前提ですが)。児童相談所は、子どもが危険な状態にある案件について、情報を抱え込み、警察に情報提供はしないし、さりとて十分な安全確認も、一時保護もせず、子どもを死に至らしめてしまうという対応は直ちに改めなければなりません。
2 次に、児童相談所から警察に対して情報提供がないため、危険な状況にある子どもが放置され、少なからずの子どもが虐待死させられるケースとして次のものがあります。
(1)虐待通告を受けたが家庭の所在が分からない場合
(2)虐待家庭が転居して所在不明となった場合
(3)家庭訪問したが親に調査を拒否され子どもの安否が確認できない場合
(1)まず、虐待の通報を受けたがその家庭の所在が分からないケースというのは珍しくありません。2010年7月大阪市西区で桜子ちゃんと楓ちゃんの二人の幼児がマンション内に放置されたまま母親が1ケ月以上遊びに行き、餓死させられるという事件がありましたが、マンションの住民からは3度も「幼児が激しい声で泣いている」という通報があり、児童相談所は5回もマンションに行っていました。それにもかかわらず、部屋が分からない、親に会えないということで、警察に連絡することもなく、そのまま放置していました(これが信じられないがこれか現状です)。
警察に通報すれば、容易に部屋が判明し、桜子ちゃんと楓ちゃんを救うことができた可能性がかなりあります。警察ならすぐマンション管理人から契約名義人を聞きだし、名義人から利用者である親を把握できたでしょう。
本事件の直後に厚生労働省が行った調査では、本事件のように「近隣から通報があったが該当する部屋が分からない、または住民が住んでいるのか確認できていないなどのケース」が238件あるとされていますが(石川結貴「ルポ子どもの無縁社会」85頁)、多分ほとんどのケースで警察に通報していないのではないでしょうか。
児童相談所の調査能力は警察と比べて比較にならないほどありません。児童相談所が自分で調べても子どもが放置されている疑いのある家庭が分からない場合には、ほったらかしにせず、警察にすぐ連絡することを確実に実施させなければなりません。
(2)次に、虐待家庭が転居して所在不明となるというケースはもっとよくあることです。わが国には虐待されている子どもの登録制度がなく、全国的な虐待家庭のデータベースがないことから、児童相談所や市町村は虐待を受けている子どもの安全確認がたちまちできないことになりますが、現在は、児童相談所は全国の児童相談所にファックスを送るだけです。冗談のような話なのですが、これが現状であり、こんなことで児童相談所で所在が探せるわけがないのです。
このような場合は、いわゆる所在不明児童と同様の危険な状況にあるわけですから、児童相談所、市町村は、直ちに警察に連絡して当該家庭の所在を確認するよう依頼しなければならないはずですが、ほとんど行っていないのが現状ではないかと危惧します。「所在不明児童問題」と同じ問題があるのです。後で述べますように、こういう問題を解決するためには全国データベースが必要不可欠ですが、直ちに警察に連絡してその所在を確認して、子どもの安否を確認するという取組が必要なことはいうまでもありません。
(3)さらに、児童相談所が家庭に調査に行っても親が調査を拒否し子どもに会わせないということもしばしばあります。2012年1月東大阪市で児童相談所が親に調査を拒否され、そのままにしていた間に母親に小学6年生の長女が殺されてしまったという事案があります。
親に調査を拒否され、子どもの安全が確認できない場合には大変危険がある状態ですから(本件では母親に精神疾患の疑いがあった事例ですからなおさらです)、児童相談所は必ず警察に連絡することとし、警察からも親を説得することにより、子どもの安否を確認し、危険な場合には子どもを緊急に保護するという対応をしなければ、子どもの命を守ることができません。そこで、このような場合にも、児童相談所は警察に連絡して、連携して子どもを救うという仕組みにする必要があると考えます。
以上から、次のような規定を児童虐待防止法上に設けることが必要と考えます。
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なお、児童相談所が警察に情報提供あるいは通報しないのは、守秘義務、個人情報保護という情報提供しない正当化事由や自らの案件を抱え込みたがるという性癖、縦割りの弊害のみならず、どうせ警察には対応してもらえないという思いもあると思いまし、これまでの事例からもそういうことは十分ありうると思います。だからこそ、このような規定を法律で設けることが必要なのです。
4 次に、児童相談所と警察の連携として、警察に虐待によりこのままでは子どもが殺され、あるいは大変なけがを負わされてしまうというおそれのある親から、子どもを緊急に保護する、という任務を与えることが必要です。
児童福祉法、児童虐待防止法では、虐待されている子どもを「一時保護」するのは児童相談所とされており、警察は虐待されている子どもを発見しても保護することはこれらの法律には明記されていません。児童相談所が設立された戦後直後においては、戦災孤児の保護が主たる任務であったことから児童相談所が一時保護を行うとする制度は合理的ですが、被虐待児童が多くを占めるようになった現在においてもそのままの制度を漫然と続けているのです。
しかし、前記の葛飾区愛羅ちゃん事件のように、警察官が残虐な虐待を子どもに加えている家庭に110番通報を受け行くことは非常によくあります。愛羅ちゃん事件では虐待されていることを見逃してしまったのですが、仮に、虐待されていることを発見していても、現行の法制度下では、警察官は愛羅ちゃんを親の意に反して保護することはしなかったでしょう。児童福祉法、児童虐待防止法では、一時保護は児童相談所の責務・権限と規定されており、警察には何らの責務・権限は規定されていないからです。
一方、警察官職務執行法3条では、警察官は「迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者」は保護することができるとされています。虐待されてけがを負った子ども、あるいは食事を与えられていない子どもは「病人、負傷者」に当たりますが、「適当な保護者を伴わず」という限定がされています。この点については、虐待している親は「適当な保護者」ではないことは明らかであり、子どもに暴力を振るうのが他人であれば保護できるが、親であれば保護できないという考え方は全く子どもの命を軽視する、「子どもは親の所有物」とでもいうべきものであることから、本条に基づき警察官は親から虐待されている子どもを保護することができることは明らかです。しかしながら、現在このような事案で警察官が親の意に反して子どもを保護した事例はゼロではないかと思います。警察は、児童福祉法、児童虐待防止法上の仕組みから保護は児童相談所の任務であり、警察官職務執行法3条の規定も条文の規定ぶりからして「家庭で保護者と暮らしている子ども」は保護の対象ではないと解しているふうでもあり(違っていれば警察庁からご指摘いただきたいと思います)、警察は自ら虐待されている子どもを保護することをせず、児童相談所に通告するだけで終わり、あとは児童相談所が対応すべきであり、警察の管轄外です、という考えでいるのです。
言うまでもありませんが、諸外国では警察官が虐待されている子どもを保護することができる、というよりも、保護しなければならないとされています。イギリスでは、警察に「Police Protection」という権限が認められ、裁判所の許可なしに独自の判断で子どもを保護することができるとされています(ただし72時間に限る)。子どもの命を守ることを心から願う人々にとっては、当然こういう制度がふさわしいとお考えのことと思います。
横浜市あいりちゃん虐待死事件では、警察官が110番通報で駆けつけ虐待を把握しながら、児童相談所に通告するだけで保護せず、児童相談所が家庭訪問するまでに3週間かかり、その間にあいりちゃんは虐待死させられました。警察が緊急に保護しなければならない責務が法律で規定されていれば、あいりちゃんは警察官に救われたと思います。
また、病院に搬送された子どもがその怪我の状況からして虐待が極めて強く疑われる場合に、医師が親を説得して入院させようとしても親がそれに応じず家に連れて帰ろうとすることがしばしばあります。このような場合に医師は児童相談所に連絡しても、児童相談所が対応できない場合(夜間であればほとんどの児童相談所は対応できない)、児童相談所から警察で対応してほしいという旨の依頼や警察に対して病院から通報がなされることがしばしばあります。このような場合には当然警察は病院に急行するのですが、医師から、正当にも「虐待の疑いが強く、家に戻すわけにはいかないので警察で保護してください」と求められても、現行の法制度の下では、警察は保護しようとしません。子どもがみすみす危険な家庭に戻されてしまうことになるのです。
そこで、次のような規定を児童虐待防止法上に設ける必要があると考えます。
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警察が緊急に保護した子どもは速やかに身柄を児童相談所に預け、一時保護を継続するか解除するかは、当然児童相談所が判断することになります。
現行制度のままでは、警察官は、110番通報や児童相談所からの依頼を受け家庭や病院に急行しても、児童相談所職員が来ないなら危険な状況にある子どもを保護できないというのでは、子どもをみすみす見殺しにすることになってしまうのです 。
そして、本規定は新たに警察官の権限・義務を創出するものではなく、警察官の保護を定めた警察官職務執行法3条の特別規定であり、従来から警察官が保護することができることについて、特に虐待されている疑いのある子どもについては保護の必要性が高いこと、また同条の規定ぶりから警察官が適切な職務執行を躊躇している現状にあることなどに鑑み、児童虐待防止法上保護できること及びその対象、要件を明らかにするとともに、身柄を児童相談所に速やかに預けなければならないことを規定するものであると考えます。
5 さらに、現在は、虐待家庭が転居した場合には、転居先の市町村、児童相談所、警察に虐待家庭であることが伝わらないため、たちまち子どもの安否確認、親の指導・支援が不可能となってしまいます。大阪市西区の桜子ちゃん・楓ちゃん餓死事件では、この母子は名古屋市で警察・児童相談所に把握されていましたが、大阪市に転居した時点で全くフォローできなくなりました。
そこで、全国データベースを整備するとともに、その管理・運用方法を定めるために次のような規定を児童虐待防止法上に設ける必要があると考えます。
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6 児童相談所と市町村と警察が連携して対応しなければならないという指摘・意見は、これまで十数年にわたりずさんな対応、連携ミスにより子どもが虐待死させられる事件が発生するたびに、多分百回以上、調査委員会報告書や識者などから出されていますが、全く連携は進んでいません。それは前メールで述べたとおりですが、法律に、これらの機関が情報提供しなければならない場合や共有すべき具体的な情報、連携して取るべき具体的な措置等について明文の規定がないことが原因です。
前メールでも指摘しましたが、全く異質の、仲がいいわけでもない、どちらかというと相互に不信感を有している機関に対して、また、個人情報保護や守秘義務という情報共有・連携をサボタージュする正当化事由を有する機関に対しては、「多機関連携せよ」というお題目を唱えるのではなく、それぞれの機関がその役割を十分に果たし、連携を実効あるものとするために必要な情報提供・情報共有・共同しての計画作成その他の各機関が連携してなすべき行為を具体的に明記し、その遵守を義務付ける法律を整備する必要があるのです。
私が上記のとおり提案したAからDまでの法律の規定は、児童相談所、市町村、警察が虐待されている子どもを把握しながら、みすみす子どもを虐待死させられることを防ぐために、これらの三機関が連携して子どもの命を守ることができるようにするための規定です。まとめると次のとおりです。
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これらの規定が児童虐待防止法に規定されることにより、児童相談所、市町村、警察の各機関において、トップの意識が改革され、制度的に、体制の整備や研修の実施、連携のための各種会議の設定、人事交流がなされるとともに、現場において、虐待案件1件ごとにこれらの三機関から人員を出して、体制を作り、連携しての子どもの安否確認や親への指導・支援が行われ、命の危険にさらされている子どもの命が守られていくことになると確信しています。
理玖ちゃんの余りにも悲惨な死を知りながら、その原因と対策が明らかでありながら、何もしないことなど許されません。早急に法律改正が必要です。現在それに向けた活動に取り組んでおりますので、ご理解ご支援をお願いいたします。