ブログ16 厚木市所在不明児童餓死事件を受け調査・保護のための法律を直ちに!(2)

1 神奈川県厚木市所在不明児童餓死事件では、厚木児童相談所、厚木市、市教育委員会、警察といった数多くの機関がかかわりながら、理玖ちゃんが餓死させられるのを防ぐことができず、さらに、餓死させられたから7年も放置されていました。
本事件は、横浜市あいりちゃん虐待死事件のように本当に所在が不明だったというよりも、厚木市と児童相談所がネグレクトの疑いが強いことを把握しながら、真面目に探しもせず、警察に相談もせずほったらかしにしていたという事案です。警察に相談したらすぐに父親の所在は判明したのです。
各機関の取組については、今後詳しく検証されねばなりませんが、報道によれば現時点で指摘できることは次のとおりです。

(児童相談所)
2004年10月7日、理玖ちゃんが3歳の時、午前4時半に紙おむつに裸足で路上にいた理玖ちゃんを警察官が保護し、児童相談所が引き取りながら、「迷子」として処理し、その後の安全確認をしなかった。

(厚木市・市教委)
2005年5月、理玖ちゃんが3歳6月健診を未受診だったにもかかわらず、リスク家庭として理玖ちゃんの安否を確認することもなく、児童相談所、警察に連絡することもなく放置した。
2008年はじめ、理玖ちゃんが小学校に入学してこなかったにもかかわらず、まともに所在を探すこともせず、警察に捜索を依頼することもなく、学籍簿から削除した。
2013年5月以降、横浜市あいりちゃん事件を受け、市が父親と接触したが、理玖ちゃんの安否を確認できなかったにもかかわらず、父親の「子どもは生きている」という言葉を信じ、そのまま放置した。

(警察)
2004年10月理玖ちゃんを保護し、児童相談所に引き渡し、その後署員がアパートを訪問し家族と面会したが、その後、巡回連絡、近隣住民からの聞き込みをするなどして理玖ちゃんの安全確認をしなかった。

2 いずれかの機関が、もう少し関心を持ちさえすれば理玖ちゃんは殺されずにすんだかと思うと、児童相談所、市町村、警察というこれらの機関の取組を改善させることが急務であることは、どなたも異論のないことだと思います。
児童相談所については、午前4時半にはだしで外にいる3歳児を「ネグレクト」ではなく「迷子」と判断し、それ以降全く安全確認、親の養育の様子の確認をしなかったというのは、職務怠慢も甚だしいことは明らかです。
厚木市や教育委員会は、乳幼児健診未受診でありながらそれを放置、小学校入学年齢でありながら入学してこなかったにもかかわらず、さほどの調査もせず、学籍簿から削除、中学入学時もほぼ同様、という、子どもに対するここまでの無関心ぶりをみると、他にもほったらかしにされ、命の危ない子どもが多数いるのではと極めて不安になります。
次に、警察については、理玖ちゃんを保護した後も家庭を訪問したことは評価できます。3歳の幼児が朝の4時半にはだしでおむつをしたまま路上にいたというのは、「迷子」ではなく「ネグレクト」であり、児童相談所に身柄を預けただけでは心配で、自ら自宅に行って母親の様子を見に行き、注意したのだろうと思います。
ところが、報道による限り、その後も、巡回連絡を頻繁に行い、理玖ちゃんの安全確認を行ったようではないようです。その後も、警察が理玖ちゃんの安全確認をしていれば、ネグレクトが改善されたか、あるいは改善されない場合には警察から児童相談所に通告して児童相談所による一時保護ができ、いずれにせよ、理玖ちゃんが餓死させられることはなかったのではないかと思うと、残念でなりません。

3 児童相談所が3歳当時保護した際、あるいは厚木市が3歳6月健診未受診を把握した際に、理玖ちゃんがネグレクトさけているのではと疑い、家庭訪問し、安否確認と親の養育態度を調べてさえいれば、理玖ちゃんが餓死させられることを防ぐことはできました。一義的には、児童相談所と厚木市が理玖ちゃんの安否を確認しようとしなかったことに最大の責任があります。
しかし、膨大な虐待案件を抱える児童相談所と市町村がそれぞれで、リスクのある家庭をすべてフォローすることは不可能です。そこで、交番・駐在所に多数の警察官を配置し、地域に密着した活動を24時間行っている警察との連携が、虐待死を防ぐために不可欠となります。

警察の本来業務、交番・駐在所勤務の警察官の基本業務として巡回連絡という任務があります。これは、交番・駐在所勤務のお巡りさんが受け持ち地域の家庭を訪問して、家庭や地域の困りごとや要望、たとえば母親や子どもに暴力を振るう父親に関する相談を受ければ父親を説諭する、近所の騒音で困っているという相談を受ければその人に注意する、などの活動や、子どもの養育のことで困っているということであれば、児童相談所や福祉事務所を紹介するなどの活動を行っています。特に、一人暮らしの高齢者や母子家庭などには、困りごとや要望を聞くため重点的に行うこととされています。困った人を助けるという警察の本来業務の昔からの表看板です。
虐待により殺される子どもを少しでも少なくするためには、この巡回連絡を虐待・ネグレクトが疑われる家庭に対して、より多く行うことが大変効果があることは論を待ちません。

本件のように、警察が虐待・ネグレクトの疑いがある家庭を把握することはよくあります。平成25年中に警察が児童相談所に虐待通告した件数は約21,000件に上っています。これらは、警察が110番を受け、あるいはパトロール中に発見した虐待が疑われる件数ですが、これらについて、今は児童相談所に通告するだけで、あとはほったらかしというのが現状です。
本件では理玖ちゃんの保護直後に一度家庭訪問したようですが、その後巡回連絡により理玖ちゃんの安全や保護者の養育の様子を確認したわけでもないようです。また、昨年に遺体が発見された横浜市山口あいりちゃん虐待死事件では、警察が虐待を把握し、児童相談所に虐待通告しながら、その後、ほったらかしで、児童相談所の家庭訪問が遅れ、その間にあいりちゃんは虐待死させられてしまいました。本年1月の東京都葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件では、警察官が家庭に行きながら、親に騙され、体に40か所もあざがあったというのに虐待を見抜けず、その後安全確認もせず、臨場した5日後に愛羅ちゃんは虐待死させられました。
そこで、少なくとも、警察が110番通報やパトロール中に自ら把握した虐待が疑われる事件については、児童相談所に虐待通告して、それで終わりとすることなく、児童相談所や市町村と連携し、その後の安全確認と親の養育の様子を把握し、親からの困りごとや要望を聞き、関係行政機関に働きかけるなどして、養育環境を改善する取り組みを行うことで、かなりの数の虐待の継続・悪化が防止できると考えます。
具体的には、1件ごとに、警察と児童相談所、市町村が共同でチームを組み、家庭訪問(警察で言えば巡回連絡)を計画的に、間を空けずに実施し、子どもの安全確認と親から困りごと相談を受け、養育環境の改善を図るという取組を行うのです。たとえばですが、虐待あるいはネグレクトを認知した翌日に警察官がまず様子を見に行き、その様子を児童相談所、市町村に報告する、1週間後には児童相談所が家庭訪問し、同様に情報を共有する、そして、在宅指導か一時保護とするかを検討していく、その間も、三者が計画的に、間を空けずに家庭訪問し、子どもの安全確認と養育環境の改善を図っていく、というものです。

このような取組―児童相談所と市町村と警察の多機関連携―をすることにより、子どもの安全が確保され親の養育環境も改善されていくこととなるのです。
児童相談所職員が数カ月に一回程度来るだけでは、親の子どもへの暴力や養育環境の改善もそれほど期待できませんが、市町村職員や警察官も含めてこれまで以上の頻度で訪問することにより、親も相談もしやすくなり、必要な援助も受けられやすくなると思います。また、警察官が訪問することにより、子どもへの暴力が抑制され、子どもが殺される危険も激減するという効果も期待できるのです。

4 これまで、虐待・ネグレクト家庭への訪問・指導は児童相談所あるいは市町村が単独で行われることが多く、これらの組織の圧倒的な人手不足から、子どもの安全確認が長期間行われず、前記事件のようにその間に子どもが殺されてしまう、という事例が後を絶たないのです。児童相談所、市町村と警察が連携し、計画的に、間を空けずに、子どもの安全確認をすることにより、このような問題が解決されることになるのです。
警察の新たな負担となることは否めませんが、元来、このような活動は巡回連絡として、警察の本来業務であり、警察に対する国民の信頼を確保する最も基盤となる活動です。わたしが警察に入った昭和57年当時は、一人暮らしの高齢者宅や母子家庭、子どもの非行に悩んでいる家庭などに重点的に巡回連絡するという方針で行われていました。時代の変化とともに子ども虐待がここまで増加・深刻化したいま、虐待・ネグレクトが行われている家庭に対して巡回連絡が重点的に行われるのは当然のことです(なお2013年の犯罪発生件数は2001年の半数以下となり、交通事故死者数も13年連続で減少しており、これらの事件事故の初動対応・捜査の業務量は大幅に軽減されています)。
児童相談所が関与しながら子どもの虐待死を防ぐことができなかった事例はいつまでもいつまでも続いており、私がこの問題をフォローし始めた平成16年の岸和田市中学生餓死寸前事件当時から、あまり改善しているようには見えません。児童相談所職員の資質、訓練、使命感の問題もありますが、圧倒的な人手不足やそもそも虐待親と対峙して子どもを守るという業務に適性のある組織・職員ではないこと(そもそも戦災孤児の保護を主たる任務とした)、強制的な介入とその後の継続的な指導・援助という相反する業務を担わせることの問題などが大きな原因であることも否定できない事実です。

5 本件では理玖ちゃんの泣く声を誰も聞かなかったのでしょうか、一人で放置されていることに誰も気づかなかったのでしょうか。
昔は確かにあった、他人の子どもも守るという地域社会の機能が急速になくなってきている現在においては、児童相談所、市町村と警察といった子どもの安全にかかわる多くの機関が連携し、それぞれの機関の役割を生かし、最大限のパワーを発揮して、子どもを守るしかないのです。
そして、子どもの虐待死をできる限りゼロに近づけるためには、単に「多機関連携の必要性」をお題目のように唱えるだけでは、いつまでたってもなにも変わりません(これまでのすべての不適切な事例の報告書ではこのことが指摘されています)。
前メールでも指摘しましたが、全く異質の、仲がいいわけでもない、どちらかというと相互に不信感を有している機関に対して、また、個人情報保護や守秘義務という情報共有・連携をサボタージュする正当化事由を有する機関に対しては、「多機関連携せよ」というお題目を唱えるのではなく、それぞれの機関がその役割を十分に果たし、連携を実効あるものとするために必要な情報提供・情報共有・共同しての計画作成その他の各機関のなすべき行為を具体的に明記し、その遵守を義務付ける法律を整備する必要があるのです。 (必要な法律については別途述べます)。