神奈川県厚木市のアパートの一室で子どもとみられる白骨遺体が見つかった事件で、食事や水を十分に与えず、約7年前に男児の斎藤理玖ちゃん(当時5歳)を餓死させたとして、2014年5月31日保護責任者遺棄致死の疑いで男児の父親が逮捕されました。
報道によると、2014年5月22日に厚木児童相談所の職員が厚木警察署を訪れ、「今年4月に中学校に入学する男児が入学していない」と通報。同署が捜査して父親に立ち会わせてアパート室内を調べたところ、身長約1メートルの白骨化した遺体を発見した、とされています。
理玖ちゃんは3歳だった2004年10月7日未明、アパート近くの路上ではだしでいるところを警察に保護され、児童相談所が預かり、翌日に母親が「都内で用事があって夫に預けた」と引き取り、児童相談所は虐待ではなく迷子扱いとしました。翌年の乳幼児健診も未受診でした。2008年、厚木市も児童相談所も理玖ちゃんが小学校に入学していないことを把握し、児童相談所はその後小学校などを訪問。保護者への接触はできなかったにもかかわらず、児童相談所は、所在不明児童として扱わず、警察へも届けなかったとされています。厚木市や市教育委員会は、理玖ちゃんが2008年の小学校入学時に姿を現さず、担当者が家庭訪問しましたが、空家と判断して就学児童の名簿から削除したとされています。
児童相談所は昨年には、後述する横浜市あいりちゃん事件を受け、厚木市内の所在不明児童をリストアップする作業をしましたが、理玖ちゃんはそのリストから漏れ、本年4月に厚生労働省の方針を受けて所在不明児童の調査を行ったことにより把握したとされています。一方、厚木市教委は中学進学を控えた昨年12月にはじめて父親と面会したところ「(子どものことは)詳しくは分からない。妻と子どもは都内に住んでいるようだ」と説明され、信用した、児童相談所と厚木市教委が理玖君について連絡を取り合ったのは今年の4月8日だったとされています。(2014年6月1日産経新聞、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、NHKニュース7)
子どもを迷子というよりもネグレクトの疑いが強い事案で一度保護したにもかかわらず、乳幼児健診も未受診であるにもかかわらず、就学年齢となりながら小学校に姿を見せずにいるにもかかわらず、市町村、教育委員会、児童相談所のいずれの機関も最初に把握してから10年の長きにわたり、まともに探しもせず、安否の確認もせず、親のいい加減な言い訳を信用し、警察に捜索願を出しもせず(ただし、後述のとおり警察がこのような捜索願を受けることを渋る傾向にあるため、もしかしたら警察に相談に行った可能性があることは否定できないと思われますが、現報道の限りの情報です)、放置していました。
神奈川県では、昨年、山口あいりちゃんが、小学校就学年齢でありながら入学せず、所在不明となり、殺害されるという事件が発生していますが、この事件は、あいりちゃんが入学してこないことを把握していた松戸市が転出先の秦野市に連絡せず、警察が110番通報を受け虐待として児童相談所に通告しながら、その後安否確認もせず、児童相談所の家庭訪問も遅れ、その間にあいりちゃんが殺害されてしまったというものでした。その後、児童相談所が捜索してほしいと南警察署に相談に行きましたが、署は捜索届を受理せず、捜索が大幅に遅れる、という事態も起こっています(神奈川県警察の名誉のためにいえば、その後、私が本部長に捜索を依頼したところ、多数の捜査員を投入して長期間捜査の上母親の所在を把握し、あいりちやんの遺体を発見し、事件化できました。)。
子どもが所在不明になっているということは、行政機関に連絡なく海外に行っているとか、DVで避難しているという事案を除けば、虐待されている可能性が高く、最悪殺されている可能性も少なくないのです。最近では、大阪府富田林市、大阪市東住吉区、東京都大田区、福岡市の事件が明らかになっています。
横浜市あいりちゃん事件を受け、昨年(2013年)6月、わたくしどもNPO法人シンクキッズと山田不二子医師が理事長を務めるNPO子ども虐待ネグレクト防止ネットワークが、記者会見の上、厚生労働大臣、文部科学大臣、総務大臣、国家公安委員会あてに要望書を提出しましたが、
https://www.thinkkids.jp/wp/wp-content/uploads/2013/06/7216f1611fb375d7e9692b8cbe525c7f.pdf
厚生労働省は私どもの要望から10ケ月後という長い期間が経過した本年4月に乳幼児健診未受診あるいは未就学の所在不明児童の調査をすることを求める通知を自治体宛に発出しました(平成26年4月15日読売新聞)。この通知を受け、今回の事案も明らかになったようです。
しかし、今調査していますなどと悠長なことを言っている場合ではないのです。今にも殺されてしまう、あるいは既に殺されている子どもが何人いるか分からないのです。直ちに、乳幼児健診未受診あるいは未就学の所在不明児童を調査し、発見し、保護するために、強力な取組が必要です。そのためには、直ちに概略次のような法律を制定することが必要です(詳しい条文、理由については前記要望書に記載しています)。
(1) 市町村は、所在不明の就学年齢でありながら未就学の児童、健康診査未受診乳幼児について、関係部局間及び転出先の市町村、児童相談所との間で必要な情報提供、情報共有を行うとともに、これらの子どもの所在を調査し、その安全を目視で確認しなければならないこととする。
(2) 市町村、児童相談所は、子どもの所在又は安全を確認できない場合には警察に発見・保護を要請するものとし、警察は直ちに子どもの捜索を行わなければならないこととする。
(3) 自治体、郵便局、電話会社等の関係機関は、警察から所在不明の子どもの発見・捜索のため、親の転居先、関係者の住所、電話の通話先、携帯電話の位置情報等子どもの所在の発見に資する情報の提供の要請を受けた場合には、これらの情報を提供することとする。
所在不明児童の問題は、保護者が転居した場合に起こります。転居した場合には、転居元の市町村・児童相談所が転居先の市町村・児童相談所にその旨を通報することがまず必要ですが、あいりちゃん事件の松戸市のようにそれが多くの場合行われていません。さらに、住民票異動届が出されない場合には、その時点で、調査能力のない市町村や教育委員会、児童相談所には調査そのものがほとんど不可能になってしまい、この時点で警察が捜索に乗り出さなければ、ほとんど発見されません(しかし警察の捜索にも現行法では大きな制約があることについては後述)。
したがって、市町村や都道府県の管轄を超えて、全国の市町村・教育委員会、児童相談所と警察署という非常に多くの数の、全く異質な機関が必要な情報を提供し、共有する仕組みが必要なのですが、現在はそのような仕組みは全くありません(ちなみに、児童相談所が把握している虐待されている子どもの情報についてすら、転居すればそれ以降はほとんど分からないのが現状です。ファックスを全国の児童相談所に送るだけで、情報が限られ、しかもデータベース化されていないので、活用することが著しく困難なのです。)。
そこで、上記(1)、(2)のような規定を法律で設け、全国の市町村、児童相談所、警察の間で、必要な情報提供をし、情報を共有し、所在不明児童の発見・保護活動を効果的に行うことを義務付けることが必要なのです。
法律を制定しなくとも関係機関が連携すればいい話ではないか、と思われる方もいるかもしれません。しかし、このような考え方は現実を踏まえたものではありません。
なぜなら、実際に動かねばならない全国の市町村、児童相談所、警察署の数は膨大な数に上るため、法律を制定することもなく、これほど多くの、異質な機関が適切に連携することなど全く期待できないことは経験則上明らかです(それが期待できるならとっくにやっている)。また、厚生労働省等から通知が出されたとしても、これらはいわゆる自治事務ですので、地方分権の制度上自治体が国からの通知に従う義務はなく、その遵守は期待できません(それが期待できるならとっくにやっている)。さらに、各機関は法律上守秘義務を負っている上、特に個人情報保護法が施行されて以降、本来提供することに何の問題もない生命にかかわる情報についてすら、多くの自治体や警察では、「個人情報保護」という言葉に「思考停止」し、他機関に必要な情報を提供しないことが多いのが実情で、それぞれの機関で情報を抱え込み、かといって自分で必死に子どもを探すわけでもなく、放置するだけで、結果として子どもを見殺しにしているというのが現実です。こうした現実を踏まえた実効ある対策を講じる必要があるのです。
所在不明児童問題についていえば、他機関に情報を通知し共有しなければならない、ということを各機関に法律で義務付けなければ、いつまでたっても、それぞれの機関で自分では何もせず情報を抱え込み、子どもを見殺しにする、と言うことが繰り返されてしまうのです。また、警察には、捜索願が出されても、ストーカー問題などで散々問題とされ、あいりちゃん事件でも見られたような、なんやかんや言って届け出を受理しない、いわゆる前払いするという過去の悪しき慣習が残念ながらまだ残っているように思います。
これらは、公務員の単なる不作為・サボタージュであり、あるいは個人情報を提供したとして批判されることを避けたいという保身なのですが(いわれのない批判であり、毅然としておればいいのですが)、法律上の守秘義務と個人情報保護というかなり「思考停止」をもたらす強力な言い訳、サボタージュを正当化する事由が存するため、この二大正当化事由をなくさない限り、すなわち、法律で情報提供することを義務付けない限り、現在の取組が改まることはないことを、長年の役人生活から確信しています。さらに、警察には、一般の捜索届とは異なり所在不明児童の場合には子どもの命がかなり危険な状態にあることから、直ちに捜索することを義務付ける必要があると考えます。そうでなければ、前払い、あるいは、後回しにされてしまうおそれがあると考えるからです。
「関係機関が連携して適切に行えば十分である」という役所の国会答弁のようなことですまされてしまえば(各役所はきっと言うと思いますが)、役所は何も変わらないのです。警察もストーカー問題についてはストーカー規制法が制定されてはじめて本格的に取り組んだのです。役人に仕事をさせるには、特に必要な取組をしないことを正当化する事由がある場合には、それを打ち消す法律を制定して必要な対応を義務付けることが是非とも必要なのです。警察庁勤務時代にストーカー規制法の立案に関与した経験からは、ストーカー問題の場合には、民事不介入の原則に反する、警察が男女間の個人的なことに介入すべきでない、本来警察が行うべき事件の捜査が疎かになる、などなどの取り組まないことを正当化する事由がありーしかも、これらの声は警察内部だけでなく、ストーカー被害者を守るためであろうがとにかく警察の活動を制限したい一部マスコミや学者からも出されましたーこれらを打ち消し、警察が部内の消極的意見や部外からの牽制を退け、正面から体制を整備してストーカー被害者を守るために活動するためには法律の制定が必要でした。
所在不明児童問題でも法律が整備されることにより、市町村、児童相談所、警察の各機関で、市町村長や都道府県知事・警察本部長らトップに重要性が認識され、必要な体制が組まれ、他部門の理解も得られ、研修や他機関との連携のための会議、人事交流も行われ、現場の担当者の取組が飛躍的に適切に、余分なストレスを受けることなく行われることになるのです。法律が整備されなければ、現場の担当者は部内・部外の無理解のまま放置され、十分な取組が全く期待できないのです。
次に、上記(3)の規定ですが、行方不明の子どもを捜索する活動は、「捜査」ではないため、捜査活動であれば認められる捜査関係事項照会や、捜索、差押えができません。そのため、郵便局や電話会社などは子どもの所在確認のために有効な情報であっても、捜査でなければ、「通信の秘密」を犯すという理由で警察に提供しないのです(これは「通信の秘密」に思考停止している例ですが)。そこで、(3)のような規定を法律で設ける必要があります。
以上のとおりですが、わたしどもはこうした取組みを行うよう昨年6月から大臣や副大臣に会うなどし訴えていますが、厚生労働省がようやく調査を開始したのみで、他の官庁からは全く無視されたままです。一体何人の子どもが殺されていると分かれば、関係省庁は所在不明児童を救うための有効な取組を行うのでしょうか。もしかしたら、何人殺されようとも、「子どものために法律を制定するなんて、そんな部内から評価もされない、面倒なことはしないよ。国会やマスコミに聞かれたときのために、アリバイとして現場に通知は出すけれど、それでおしまいだよ。あとは現場の責任で霞が関は知ったことじゃない」として、とことんサボタージュされるのではと思ってしまいます。霞が関の出身者としては、まさかそんなことはないと思っていますが、これでも動かないのであれば、政治に期待するしかありません。
現在、所在不明児童問題を含め子ども虐待全般にわたり、賛同していただける方々と法改正を求める取組を行っています。是非とも皆様のご理解ご支援をお願いいたします。