ブログ11 葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件を繰り返さないために(その2)

 本年(2014年)1月30日、東京都葛飾区で坂本愛羅ちゃん(2歳)が父親から腹を踏みつけられるなどの暴行を受け、肝臓損傷で失血死し、ろっ骨が2本も折れ、40か所も体にあざがあったという事件については、「葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件を繰り返さないために」で、児童相談所と警察の対応の問題点について述べましたが、ここでは、再発防止策について述べることにします。

1 児童相談所について
 児童相談所については、これまでも、虐待の疑いで一時保護した子どもを保護者からの要請に応じて一時保護を解除して保護者に引渡し、その後保護者に虐待死させられるという事案が多数発生しています。小山市兄弟殺害事件(2004年9月)、伊丹市女児虐待死事件(2008年5月)、三田市女児虐待死事件(2009年11月)、広島県小学5年女児虐待死事件(2012年10月)、昨年(2013年)7月の和歌山男児虐待死事件でもそうでした。
 今回の事案では、「都によると、一昨年3月、「(愛羅ちゃんの)親が子供の面倒を見ていない」との情報で都品川児童相談所が調べたところ、愛羅ちゃんきょうだい4人が親類宅に預けられていることが判明。児相が見守りの対象としていたが、昨年7月頃両親が愛羅ちゃんを引き取りたいと申し出たため、定期的に愛羅ちゃんが両親宅を訪れる同居訓練を行っている最中だった。」(2014年1月31日読売新聞)とされていますが、他のきょうだいを児童相談所が引き取ったにもかかわらず、「見守り」の対象としていた子どもを保護者の元に戻すかどうかについては、虐待のおそれがないと判断されることが最低限必要です。
 一時保護の解除、あるいは、「見守り」の対象としていた子どもを保護者の元に引き渡していいかどうかの判断に当たっては、虐待のおそれがないかを慎重のうえにも慎重に判断し、保護者の要請に安易に応じてはならないこと(これは「虐待」が直接の事由とするケース以外にも当てはまります)、具体的には、保護者が虐待してしまう原因となる事情(虐待するには貧困、支援者がいない、精神疾患、子どもの病気等様々な事情があることが多いものです)がなく、あるいは、解消され、虐待するおそれがないことが確認された場合に限り解除することを徹底するべきです。これには誰にも異論がないはずです。しかし、いつまでもいつまでも、全国の児童相談所では、保護者の要請にやすやすと応じ、子どもを引き渡してしまい、多くの子どもが虐待死させられるという事案が続いているのです。是非とも、何とかしなければなりません。
 そのためには、ただ漫然と児童相談所に改善を求めるということでは決して解決しません。法律ないしは条例でその旨を明記し、児童相談所職員に法令に基づく規範を設定し、子どもの命を最大限守ることを法令で義務づけることが必要です。考えられる規定は次の通りですが、この規定を含めて虐待防止のために必要な規定については、シンクキッズホームページで公表しています。https://www.thinkkids.jp/kaisei/revision

「児童相談所は、一時保護及びその解除、又は施設入所解除の判断に当たっては、子どもの安全を最優先とし、保護者との良好な関係の維持、家族再統合の必要性を名目に、子どもの保護を躊ちょしてはならず、又は保護者に子どもを安易に引き渡すことのないようにしなければならない。特に、過去に虐待歴やDV歴のある保護者、父親でない男性と同居している保護者、精神疾患のある保護者、乳幼児健診未受診、未就学とさせている保護者である場合には、より慎重に子どもの安全の確保に配慮しなければならない。」

 いつまでもいつまでも全国の多くの児童相談所がなぜにかくもやすやすと虐待する疑いが多分にある親の元に子どもを引き渡してしまうのか、親からの要請に腰が引け、これ以上関りたくないという思いがあることは容易に想像がつきますが、家族再統合こそが理想である、子どもは親の元で暮らすのが一番、という子どもを親に引き渡すことを正当化する理由を有していることも多分に作用しているのではないかと推測します。これらは、子どもの命を犠牲にしてまで優先されるものでないことは明らかなのですが、人間は正当化できる理由を持てば、良心の呵責を軽減し、弱きものに危害が加わる危険性のあることもできてしまうことは、人には誰でも見られうるところです。
 子どもが殺されても「家族再統合」を目指したのだから悪くない、とう意識があるのではないでしょうか? 広島県小学5年女児虐待死事件は、母親から虐待を受け乳児院や児童相談所に何度も入所していた(一度は母親に引き取られたが再び虐待により再保護されていた少女)を、母親の要請に応じて、少女の意思を確認しないまま家庭復帰を決定し、母親の元に戻し、その後厚生労働省の指針に定められている安全確認もせず、母親にゴルフクラブで殴打され殺害された事件ですが、児童相談所所長は(家庭復帰の判断について)「慎重に観察した結果であろうから、当時の判断に間違いはない」と発言したと報じられています(2012年10月7日朝日新聞)。
 したがって、法令ではっきりと、「保護者との良好な関係の維持」、「家族再統合の必要性」を名目として、子どもを危険にさらしてはならない、一時保護を解除してはならないことを明記する必要があると考えます。そうでもしなければ、児童相談所のかかる対応、特に「家族再統合」を正当化理由とする危険な親への安易な子どもの引き渡しはなくならないと信じる次第です。

 さらに、児童相談所と警察がそれぞれ把握している被虐待児の情報(今回のような「見守り」の対象とされているケースも含む)を相互に情報提供する制度も必要です。今回も、児童相談所から愛羅ちゃんの情報が警察に提供されていれば、臨場した警察官はより注意深く虐待の有無の調査をすることが可能でしたし、110番通報があったことを児童相談所に伝えることも可能でした。

2 警察について
 警察については、110番通報で虐待の疑いがある家庭に臨場する機会が極めて多いにも関わらず、一時保護の権限(というよりも義務)が与えられていないことが最大の問題です。もし、警察に一時保護の権限・義務が与えられていれば、今回のような事案では、臨場した警察官は保護者に対して虐待の証拠であるあざがないか、衣服をめくるよう求めたでしょうし、保護者が拒否すれば虐待の疑いが強いとして、一時保護をしたことでしょう。
 警察に一時保護の権限・義務が付与されていれば、一時保護すべきかどうか詳しく調査する義務が当然に生じますので(警察は現場に臨場する警察官向けの詳しい対応マニュアルを作成し、研修を実施するでしょう)、臨場した警察官は衣服をめくって調べさせてほしいと保護者に要請したでしょうし、保護者がそれに応じた場合には愛羅ちゃんの遺体にはあざが40ケ所もあったというのですから残虐な虐待が認められたでしょうし、保護者が拒否すれば調査妨害であり、虐待の疑いが極めて強いとして、いずれにしても一時保護することができたでしょう。
警察に一時保護の権限・義務が付与されていれば、今回のようなケースを含めて多くの子どもの命が救われるのです。2013年4月に雑木林で遺体が発見された横浜市あいりちゃん虐待死事件では、110番通報を受け臨場した警察官は虐待と認めましたが、警察には一時保護する権限がありませんので、児童相談所に通告するのみで、一時保護しませんでした。児童相談所の対応が遅れ、警察が臨場したわずか2週間あまり後にあいりちゃんは殺害されてしまったのです。
 かかる法改正が実現するまでは、このような事案が二度と起きないように運用を改める必要があります。具体的には、110番通報等で「子どもの泣き声がする」等の虐待の疑いのある家庭に警察が臨場した場合には、保護者が「夫婦喧嘩である」などとの弁明をうのみにすることなく(2009年4月の大阪市西淀川区小学4年生女児虐待死事件では、殺害される2週間ほど前に110番通報で臨場した警察官が「夫婦げんか」という弁明によりそのまま帰ってしまっていました。)、子どもの安否を目視で確認する、その際、衣服の下、少なくとも、腕と脚を見せてくれるよう保護者に求めるという対応とする必要があります。そして、子どもに虐待の疑いのあるあざが確認された場合はもちろんのこと、子どもに会わせようとしない場合、衣服の下を確認させようとしない場合にも、虐待の疑いありして、児童相談所に直ちに通告し、児童相談所が直ちに一時保護を含めた有効な保護対策を講じるというものです。今回も、このような対応ができていれば、愛羅ちゃんの命は救えたのではないかと思います。  
 また、児童相談所が一時保護しない場合には、警察は当該家庭に直後から定期的に巡回連絡を実施し、子どもの安全を確認するとともに、保護者に子育てに困難な環境がある場合には市町村の福祉部局等との橋渡しをするなどし、それを改善するための援助を実施することが必要です。児童相談所に虐待通告し、あとは児童相談所任せというのでは、多くの子どもが虐待死し続けてしまいます。前述の横浜市あいりちゃん虐待死事件では、警察が110番通報により臨場し虐待の疑いありとして児童相談所に通告しましたが、その後児童相談所の対応が遅れ、警察も安否確認など何もしなかったため、警察が虐待を認知しながらそのわずか2週間あまりであいりちゃんは殺されてしまいました。警察が児童相談所に通告しただけで、後を児童相談所に任せるというのでは、これからも多くの子どもが虐待死させられてしまうのです。

3 直ちに具体的な対策の実現を
(1) 東京都(児童相談所)、警視庁が協議し、上記の運用を直ちに実施
  東京都と警視庁が直ちに行うべきは、協議して上記の運用を実施することです。次の内容の協定を締結し、それぞれ通達を発出し、研修を実施してください。
  児童相談所は一時保護の解除の際(見守り対象としていた子どもを家に戻そうとする際も含む)には、慎重の上にも慎重に判断し、保護者の要請に安易に応じないこと。解除等をするには、虐待の原因となる事情が解消されたことを確認した上で行うことを徹底する(なお、虐待の危険が高い子どもを積極的に一時保護すべきことも当然ですので、このことも併せて徹底する必要があります)。
  警察は、110番通報により虐待が疑われる家庭に臨場した場合には、保護者の「夫婦げんかである」などの弁明に騙されることなく、子どもが元気でいることを目視で確認し、虐待のあざ等がないかどうかを衣服の下も見せるよう要請し、あざ等がないことを確認すること。あざ等があった場合はもちろんのこと、保護者が子どもを警察官に会わせようとしない場合、衣服の下を見せようとしない場合には、虐待の疑いありとして、児童相談所に直ちに通告する。
  児童相談所は、②の通告を受けた場合には、直ちに、当該家庭に行き、子どもの安否、虐待の有無を調査し、一時保護等必要な対策を講じる。その際、警察も児童相談所職員に同行する。
  当該家庭に定期的に巡回連絡を実施し、子どもの安全を確認するとともに、保護者に子育てに困難な環境がある場合には市町村の福祉部局等との橋渡しをするなどし、それを改善するための援助を実施する。
  警察と児童相談所は連携して虐待されている子どもの発見・救出・保護にできる限りの対策を講じることができるよう(繰り返しですが、葛飾区愛羅ちゃん事件からの教訓として、110番通報で臨場した警察官が当該家庭が児童相談所で問題のある家庭であると把握していることが予め分かっていれば愛羅ちゃんを保護することができました)、互いに把握している虐待している疑いのある家庭等の情報を相互に連絡する。
(2) できるだけ早期に法改正を
  上記(1)の取組は、直ちに運用を開始することが必要ですが、法律(ないしは条例)で規定されない限り、確実な履行は担保されません。そこで、上記事項を法律ないしは条例で規定することが必要です。
 また、そもそも、現場に臨場することの多い警察官が一時保護できるようにすること、というよりも一時保護して子どもの命を守ることを法律で義務付けることが、何より必要です。