ブログ181 不可解な鹿児島県出水市璃愛来ちゃん虐待死事件検証報告書

1 9月2日、昨年2019年8月に鹿児島県出水市で3歳の璃愛来ちゃんが虐待死させられた事件の検証報告書が発表されました。適切な問題点の指摘はされているのですが、提言内容は、私どもが事件発生前から要望している警察との全件共有と連携しての活動を拒み続ける鹿児島県の児童相談所の対応を追認するもので、問題点の指摘とねじれた、はなはだ残念なものでした。NHKから取材を受けました。下記リンクはそのニュースです。(その下のリンクは本事件の概要、昨年の鹿児島県への要望状況等を記載した私の当時のメルマガです)

https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20200903/5050011794.html

https://www.thinkkids.jp/archives/1721
https://www.thinkkids.jp/archives/1729

下記本報告書では

https://www.pref.kagoshima.jp/ae08/kenko-fukushi/kodomo/fukushi/documents/83174_20200901181116-1.pdf

児童相談所のアセスメントは、警察や市町村などできる限り多くの関係機関から収集し
た情報をもとに、その時点の子どもの身体症状等はもとより、過去の虐待歴や親の被虐待歴など、それまでの経緯も十分調査した上で総合的な見立てを行う必要がある(p21)。

② 虐待を受けている子どもをはじめとする支援対象児童等の早期発見や適切な保護を図
るためには、児童相談所のみに任せるのではなく、市町村や関係機関が子ども等に関する情報や考え方を共有し、適切な連携の下で対応していくことが重要である(p23)。

③ 要対協(個別支援会議)は、地域の関係機関が要保護児童等の支援策を協議し情報を共有
する場であるが、本事例では支援策を検討するために必要な本児の生育歴など具体的な資料も配布されず、各々が持っている情報が出席者全員で共有されているのかどうかが不透明であり、また、各機関間での情報が不足しているように感じられた(p24)。

などの関係機関の情報共有の重要性の指摘がなされ、いずれも適切な指摘です。このような指摘からは、提言としては、「児童相談所、市町村、警察との全件共有と連携しての活動が必要」ということが、論理的に導かれると思うのですが、出された提言は、
「緊急性等を勘案し必要な事案における警察との全件情報共有」であり、「児童相談所が受理した虐待通告・相談については、緊急性、重篤性等を勘案し、必要な事案における警察との全件情報共有を行うなど、警察への情報提供を徹底し情報共有不足による虐待の発見の遅れがないように努めるべきである。」

というものでした。「緊急性等を勘案し必要な事案における警察との全件情報共有」という用語の意味はすぐには分かりません。やはり記者会見では、記者から「他府県で行われている児相の把握した全ての案件を警察と共有するということか」と質問が出されたそうで、検証委員から「そういう意味ではなく、児相が必要と判断した案件のみ全件共有するという意味である」という説明がなされたということです。何じゃそれは。おかしな用語を使っていますが、通常の意味での「全件共有」ではなく、児相が必要と判断した案件のみ警察と共有すればいい、という趣旨とのことです。これでは提言にならず、単なる現状維持の追認です。

この「児相が必要と判断した案件に限り」共有すればいいという考えは、神様でもスーパーマンでもない児童相談所の職員が1回の家庭訪問ですべての案件の虐待リスクを正確に判断でき、どの案件につき連携すればいいか間近いなく判断できるというありえない前提に立つものです。当然のことながらそのようなことは不可能で、児相が「この案件は虐待ではない、あるいは軽微だから警察との連携は必要でない」等と判断した案件で多くの虐待死事件が起こっている現実を無視したものです。全国の他の自治体ではこのような「児童相談所無謬主義」とでも言うべきありえない前提を改め、警察との全件共有を進め、中には、埼玉県のように各児相と各警察署の間で全ての案件につきリアルタイムで最新の情報を共有する情報システムを整備しているところもあります(後記3参照)。本検証委員会のメンバーはこのような他府県の先進的な動向を知らないのでしょうか。
いずれにせよ現状維持を認めた内容のものが「提言」といえるのか、一部しか共有しないのに「全件情報共有」という用語を使うことも誤解を招くものです。本報告書は、東京都目黒区結愛ちゃん虐待死事件、千葉県野田市心愛さん虐待死事件等これまでの多くの事件の検証報告書と同様、警察との全件共有と連携しての活動を拒否する児童相談所にお墨付きを与えるものとなっています、

2 子どもを虐待から救うためには、1つ(あるいは少数)の機関の限られた人数で対応する
よりも、子どもを救うことができる多くの機関の多くの目、人数で対応する方が、より確実であることは自明です。
一つの機関が案件を抱え込んだままでは気づくことができない虐待の危険な兆候を、多くの機関で共有することにより、より多く気づくことができるようになりますし、一つの機関だけでは子どもの安全確保のための家庭訪問もほとんどできませんが、多くの機関が協力すればより頻繁に家庭訪問できることとなるのです。このようなごく当たり前のことからも、全件共有が必要だということは多くの方には理解していただいています。なぜ、鹿児島県の児相関係者や検証委員の方はそう思えないのか分かりません。
 そもそも、虐待案件の通報を受けた児相や市町村が抱え込み、他の機関が知らされない
のではお話になりません。警察にせよいずれの機関にせよ、虐待されている子どもと接する機会があっても、児相や市町村から、どこの子どもが虐待されているかを知らされない限りは、子どもを守る活動は何もできないのです。警察は110番等で虐待ではないか、DVではないかなど住民から多くの通報が寄せられていますが、その際に、この家庭は虐待家庭であると児相や市町村から予め知らされている場合には、現場に赴いた警察官は虐待家庭であることを念頭に注意深く対応できることから、親から騙されることなく、子どもを保護することができます。しかし、予めそのような情報を得ていない場合には、親から騙され、虐待を見逃し、救える子どもを救えない事態を起こしてしまうのです(東京都葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件、大阪市西淀川区聖香ちゃん虐待死事件など)。
 また、児相が案件を警察と共有することとすれば、警察はその家庭について警察が保有する情報(DV、迷子で対応したことがあるなど)を児相に提供できることになりますし、その後も日常の警察活動を通じその子どもが虐待を受けていないか見守ることができ、虐待の危険な兆候があれば児相に通報し、児相が一時保護等を適切に行えることになるのです。
児相は、警察と案件を共有することで、自ら入手できない多くの有用な情報を入手でき、一時保護等処遇の判断がより適正に行うことができるようになるのです。これは児相にとり極めて大きなメリットで、本来なら児相からお願いするべき事柄です。鹿児島県のように共有する案件を一部に絞れば絞るほど、共有していれば警察から得られるはずの情報を得られないことになってしまい、子どもを守れないことになってしまいます。鹿児島県は警察と情報共有するぐらいなら子どもを守るために有用な情報も不要というのでしょうか。

3  一方で、上記1のとおり、本報告書では、
① 児童相談所のアセスメントは、警察や市町村などできる限り多くの関係機関から収集し
た情報をもとに、その時点の子どもの身体症状等はもとより、過去の虐待歴や親の被虐待歴など、それまでの経緯も十分調査した上で総合的な見立てを行う必要がある(p21)。

② 虐待を受けている子どもをはじめとする支援対象児童等の早期発見や適切な保護を図
るためには、児童相談所のみに任せるのではなく、市町村や関係機関が子ども等に関する情報や考え方を共有し、適切な連携の下で対応していくことが重要である(p23)。

と、関係機関の情報共有の重要性を指摘しており、極めて適切な指摘です。特に①の指摘―児相は警察や市町村等から多くの情報を収集する必要があるとの指摘―をする以上は、上記2のように、警察と案件を共有すれば児相はその案件につき警察が把握する情報を得ることができるのですから、「全件共有すべき」ということが提言として当然に導かれると思うのですが、なぜか結論がそうなっていません。論理的につながらないのです。これまでの虐待死事件の検証報告書では、上記①、②のような指摘すらなく、問題点の把握ができていないものが多いのですが、本報告書はそうではありません。「児相の正しいアセスメントのためにも児相と警察との情報共有が重要」という指摘は極めてまつとうなのです。しかし、この認識から当然に導かれるはずの結論―そのために全件共有すべきという結論ーになっていないのです。検証委員のメンバーの中に警察との全件共有にかたくなに反対した人がいた、あるいは県の役人がその結論は受け入れられないと言われたなど、こう書かざるを得ない事情でもあったのか、全く内実は分かりませんが、問題点の指摘が適切であるにもかかわらず、結論がねじれ、鹿児島県の児相の望む現状維持となっていることは不可解であり、極めて残念です。
 なお、県庁と県警本部のみならず、各児相と各警察署ともリアルタイムで全件共有できる情報システムを整備した埼玉県の知事さんが、今年1月の記者会見で、出水市璃愛来ちゃん虐待死事件もあげて、児相と警察との全件共有、連携の必要性について述べておられます。

https://www.pref.saitama.lg.jp/a0001/room-kaiken/kaiken20200115.html

 本事件を教訓として、他県の知事がより効率的な全件共有の仕組みを整備されているにもかかわらず、肝心の事件を起こした鹿児島県が教訓とせず、せっかく設けられた検証委員会も県の方針を容認することは、鹿児島県の子どもたちにとって極めて不幸と言わざるを得ません。再び同様の事件が起こったときの責任が誰にあるかはっきりさせておく必要があります。いずれにせよ、粘り強く鹿児島県には要望を続けてまいる所存です。