昨日、全国犯罪被害者の会(あすの会)の総会があり、私(後藤啓二)が幹事に選任されました。このたびあすの会は創立15年を迎え、「雲外蒼天」という15周年記念誌を発行しました。「雲外蒼天」という語の意味は、いまは空は曇っているけれども、雲の向こうは晴れている、いまはひどいが、努力次第であすは明るくなる、という意味だと思います。犯罪被害者の置かれた立場は、15年前はほんとうにひどいものでした。創立者の岡村勲弁護士はじめあすの会のメンバーのまさに命を懸けた取組で、当時とは比較にならないほど良くなりました。当面は、犯罪被害者の経済的保障の充実と犯罪被害者(特に子どもの犯罪被害者やその兄弟)の心のケアの問題に取り組んでまいりたいと考えています。ご承知のように、あすの会は「子ども虐待死ゼロを目指す法改正」署名運動の共同呼びかけ人でもあり、多くのメンバーの方には街頭署名運動をはじめ多大な協力をいただいています。
私は警察庁退官後弁護士となり、当時、犯罪被害者の刑事裁判参加を目的とする刑事訴訟法の改正を目指し運動していたあすの会の顧問弁護団に入りました。制度案の検討や自民党・公明党や法務省等への要望活動を行い、平成19年に同法が改正され、被害者が刑事裁判に参加して、被告人や証人に質問したり、意見を述べたりすることができるようになりました。今では当然とされている被害者の権利がそれ以前は全く認められず、被害者は単なる「証拠」という位置づけでした。犯罪被害者・遺族の集まりであるあすの会のメンバーのまさに命を懸けた運動により、政治が動き、画期的な法改正が実現したのです。
しかし、そもそも、このような被害者の権利を認める法制度は、被害者・遺族が立ち上がり、命を懸けた運動をしなければ成立しないものであってはなりません。政治や行政が動いて実現させるべきなのです。ところが、わが国では、どんなひどい立場に被害者が置かれようと、あすの会が運動をするまでは、政治も行政も全く動きませんでした。
虐待を受けている子どもがいつまでも救われないままでいるのも同じです。わが国は、本来動くべき、それが仕事であるはずの、政治や行政が動かないのです。しかも、通常のといいますか、親による虐待以外の犯罪では、あすの会のメンバーの方のような殺された被害者の親などの家族が「仇をとってやる」と立ち上がり、被害者の無念を晴らすため、法改正運動に立ち上がったわけですが、子ども虐待では立ち上がるべき親が加害者なのです。ですから、政治・行政が動かないうえに、親まで動かないので、一向に虐待から子どもを守る有効な法制度が整備されないのです。政治・行政もほったらかしにしていても、痛くも痒くもないのです。虐待以外の犯罪なら「仇をとってやる」と立ち上がる親も抗議に来ないし、マスコミに訴える人もいないのです。それが、遅れた犯罪被害者の権利の確立より、さらに遅れに遅れている虐待親から子どもを守る取組なのです。
わたしどもシンクキッズや少なからずの人々が子ども虐待問題に取り組んでいます。しかし、被害者の家族ではないことから、政治・行政やマスコミからどうしても軽く扱われます。私も、厚労省や文科省、総務省、国家公安委員会、神奈川県知事、愛知県知事、川崎市長、神奈川県警察本部長などなど何度も要望し、大臣や知事にも直接お会いして、総理大臣あてには27,000名分の署名を提出するなどしてお願いしていますが、一向に受け入れてもらえません(川崎市と神奈川県警察は協議中と聞いています)。
このような政治・行政が歯牙にもかけない態度をとっても、マスコミも問題にせず、国会や議会で取り上げられることもなく、批判もされないため、痛くもかゆくもないというわが国の社会のありようが子どもを虐待から守る制度が一向に進まない大きな原因です。したがって、あすの会が政治と行政を動かした程度の巨大なパワーで、親は決して立ち上がらないのですから、私どもが、大人が立ち上がらなければなりません。
虐待を受けている子どもは犯罪被害者です。家庭外でこのような虐待を受けていれば、警察に助けられ裁判で子どもは守られます。しかし、家庭という密室で虐待を受けている子どもは、外部に知られないことが多く、たとえ知られた場合でも、児相は警察と情報提供もせず、家庭訪問も十分にせず、みすみす虐待死に至る事例が枚挙にいとまがありません。児童虐待防止法では、虐待の通告先からなぜか警察は外され、機動力もなく夜間も対応できない児相のみが通告先とされ、能力も訓練も受けていない児相のみが臨検・捜索することとされ、一人当たり140件もの案件を警察と連携しようとすることもなく抱え込み、児相の現場はとっくにパンクしています。解剖率も低く多くの虐待死が見逃されている実態にもあります。法制度も運用も子どもを守るようになっていないのです。虐待を受けている子どもは「最も守られていない、最も無視されている犯罪被害者」なのです。
このような子どもの命を軽視している実態をもたらしている法制度や児相等の関係機関のありようは、法改正により改められなければなりません。あすの会がそのパワーで動かなかった政治・行政を動かしたように、虐待を受けた子どもを守るために、政治・行政を動かしていきたいと思います。「雲外蒼天」という言葉をかみしめながら、あきらめることなく取り組んでまいりたいと思います。どうか政治・行政を動かすパワーを私どもと共にお出しいただくようお願いいたします。