1 いつも署名活動にご協力賜っておりますことに厚く感謝申し上げます。
このたび矢満田篤二さんと萬屋育子さんの「「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす 愛知方式がつないだ命」(光文社新書)が出版され、早速拝読させていただきました。本書には、愛知方式と呼ばれる子育て困難な妊婦から赤ちゃんを養子縁組につなぐ愛知県の児童相談所の取組について、その提唱者である矢満田さんとそれを継いで実施されてきた萬屋さんの取組とそのご苦労が記されています。是非多くの方にお読みいただきますようお願いいたします。
私は矢満田さんから愛知方式のお話をおうかがいして、素晴らしい、児童相談所にこんな素晴らしい人がいるのかと感動し、是非これを全国的に進めるべきと考え、法改正案4.を起案したのです。
4妊娠中・出産直後から子育て支援が必要と思われる妊産婦等を支援する
医師は、望まない妊娠等子育て困難と思われる妊産婦を認めた場合には市町村・保健所又は児童相談所に連絡するよう努め、これらの機関は親に対して必要な支援(要請に応じて養子縁組あっせんを含む)を連携して行うものとする。
何度もお話ししておりますとおり、虐待死させられる子どもの4割は0歳児で、その多くは若年妊娠、望まぬ妊娠といった子育て困難な妊産婦によるケースです。したがって、子育て困難な妊産婦を把握することのできる医師が、このような妊産婦を市町村・保健所、児童相談所に通報し、まずは、妊産婦に行政の支援を実施することが必要です。その中で、養子縁組の意思を有する母親の希望に応じて、赤ちゃんを養子縁組ができれば、母親も赤ちゃんも、養親もみんな幸せになることができるのです。
現行法では、このような場合に医師の通報制度がありませんので、心ある医師の方を除いては、守秘義務違反と指摘されることを恐れて行政に通報されず、行政が支援が必要な妊産婦を把握できないという問題と、行政が把握した場合でも児童相談所がこのような妊産婦に対する養子縁組あっせんが愛知を除いては低調であるという問題があるのです。
そこで、前者の問題については、法改正をして、医師による通報制度を創設して、行政が子育て困難な妊産婦を把握することができるという制度にすることが必要です。後者の問題については、多くの児童相談所が養子縁組あっせんに消極的なのは虐待対応に追いまくられ余裕がないということが(すべてではありませんがそれなりに)大きな原因であることから、虐待情報を共有し、危機対応、家庭訪問について市町村・警察の応援を受け、連携して実施することにより(法改正1による)、児童相談所の業務を軽減し、養子縁組あっせんを活発に行うことができるようにすることが必要と考えています。さらに、法律の条文の中に、児童相談所の本来業務として、子育て困難な妊産婦からの要請を受け養子縁組あっせんを行うことを明記することで、現在低調な児童相談所の取組がより促進されることにもなると考えています。
このような法改正により、矢満田さんの作られた愛知方式を全国的に広めることができ、多くの子育て困難な妊産婦を支援することができ、多くの赤ちゃんを幸せにすることができると考えています。しかし、この部分の法改正すら、厚労省は反対しています。医師の通報義務についても日本医師会、日本産婦人科医会、日本小児科学会からご賛同いただいており、誰も反対せず、多くの母親や子どもが救われる取組みであるのに・・・。一体何を考えているのか・・・。厚労省記者クラブの記者の皆さんには是非厚労省に取材して、その言い分を記事にしていただければと存じます。
2 矢満田さんの著書では、矢満田さんの取組みに児童相談所などのお役所がいかに冷淡で、邪魔をしてきたか、児童相談所の間ですらいかに連携せず「縦割り」かが描かれています。
○「言われた仕事以外の余計な仕事はするなよ」(p118)、
○「今後は余計なことはするなよ」(p119)、
○「失敗したらだれが責任を取るのか?」「なんで前例のないことに着手しなければならないのか」などと言って「何もしないことがもっとも安全だ」という認識を露骨に示していました。お役人仕事といいますか、「例年通りにやる」を良しとする世界です。(p129)
○産みの親が育てられない赤ちゃんのために、産院から直接、養子縁組を世話することはこれまで誰も手を付けなかったところでした。「そんなことまでしないでほしい」というのが上司の本音です。施設に処遇するよりは時間も手間もかかりますし、「もしも、その後で子どもに障がいがあることがわかって養親側から抗議を受けたら、お前は責任をとれるのか」と言われてしまいます。(p129p130)
○(異動後に養子縁組あっせんを行うためー後藤注)前任地の児童相談所にはまだ委託をしていない里親がいましたので「前任地の未委託里親を活用したい」と申し出たところ異動で顔ぶれが変わった所長たちから、里親と接触することを禁じられたこともありました。こうした「縦割り行政」に従わないのも、「余計なこと」ということになります(p139)。
役所はどこも同じで、私も警察庁の生活環境課や生活安全企画課の理事官をしているとき(1997年から2000年)、誰の指示を受けたわけでもなかったですが、「女性、子どもを守る施策実施要綱」を制定し、それまでは警察が民事不介入の原則にとらわれ必要な対応をしてこなかったDV、ストーカー、児童虐待などから女性、子どもを守る取組みを積極的に推進するという方針を打ち出し、児童ポルノ禁止法の制定を他のNGOの方と政治に訴え、さらに、ストーカー対策としてストーカー規制法案を立案しました。その際には、部内から「余計なことをするな」「仕事増やしてどうするんだ」「本来の事件捜査がおろそかになる」「警察は事件が起こってから動けばいいんだ」「お前の趣味で警察の仕事を増やすな」などと言われたことを思い出します。まあ最終的には何とか説得できたのですが。なお、ストーカー規制法につきましては、私が法律案を作成し、内閣提出法案として国会に提出しましょうと進言しましたが、最高幹部から却下され、その後、桶川ストーカー事件が起こり、自民党が議員立法をするという方針となり、私の作っていた案を原案として検討され、概ねそのまま制定されたという経緯もありました。
今回の法改正を求める署名運動に対して、厚労省が拒否するのも役所特有の反応でしょう。法改正の署名運動のご賛同のお願いに伺うと多くの方から「もちろん賛成します。こんなことに反対する人などいるのですか」と聞かれます。「いません。厚労省以外は。」と説明すると、さらにびっくりされて、「どうして厚労省は反対するのですか、警察や市町村が児童相談所を応援しようという案じゃないですか」と言われます。これには、「役所ですから」と答えるしかないのですが、役人以外の方には決してご理解できないところでしょう。矢満田さんの著書にもありますとおり、役所とはそういうところなのです。たとえ、よりよい結果が出ようとも、たとえ現場の負担が軽減されるものであっても、役所とは今までのやり方を変えたくない、新たな取組みなどしたくない、ましてや他官庁と連携することなどたとえ効果があっても絶対にやりたくない、というものなのです。どれだけたたかれても、上から「やれ」と命じられない限り自ら改善を図るということはまずやらないのです。
しかし、さすがにこれには限度があって、他の役所では人の命にかかわるような問題は逃げ切れないと観念することが通常なのですが、厚労省は違うようです。私の経験では、警察庁であれば、当初反対する者がいても大抵の場合は説得できたのですが、厚労省はちょっと普通でないというか、部内でやりましょうという人がなぜ出てこないのか、会社法に定める役員に対する善管注意義務とその違反に対しては制裁を課するというような制度を役人にも設けないと、いつまでたっても動かないということを痛感する次第です。
今回の法改正を実現させた後には、今回の厚労省の対応について検証して責任の所在を明らかにするとともに、このような事態をもたらす厚労省の風土、すなわち薬害エイズ問題など繰り返される薬害や先日も起こった心臓疾患の女児の命を救うことができなかったデバイス・ラグ問題も含め、このような人の命が救えない事態を繰り返し引き起こす厚労省の風土、を分析し、再発防止のための制度改正を講じていく必要があると考えます。